国際ブドウ・ワインセミナー(山梨大学ワイン科学研究センター主催)講演概要



ボルドー大教授による交配種に関する興味深いセミナーが7月20日、山梨大で開催されました。
農薬使用量軽減、温暖化等の影響を受け、ヴィニフェラ種至上主義のフランスが転換期を迎えています。
栽培の容易さとワインとしてのクオリティの兼ね合いなど、マスカット・ベーリーAを筆頭にラブラスカ種とヴィニファラ種の交配種が広く栽培されている日本のワイン生産者にとって示唆に富んだ内容でした。
よって講師ジル・ド・ルベル教授、主催者である山梨大奥田徹教授のご協力を得て、当日の通訳を務められた久野さんに講演原稿を訳していただき、ここに掲載いたします。

 
・演 題: フランスにおけるハイブリッド品種への新たな関心の理由。過去への回帰か未来への挑戦か?
“France’s new interest in non-Vitis vinifera hybrids; a step back or the latest challenge for the future of viticulture? “
 
・講師:ボルドー大学ワイン醸造学部 ジル・ド・ルベル教授
・翻訳: 久野靖子 サッポロビール株式会社 2014年DUAD卒
 
フランスはホライズン2025(協定)の同意内容に沿って、農業における農薬使用を半減させるという大規模な計画に着手した。ぶどう栽培においても無関係ではない。ぶどう栽培では大量の農薬が使用されている。全農地面積のうちぶどう畑の面積は3%でしかないが、農薬の使用に関しては農業全体の20%を使用している。次第に緊張が高まっている社会、環境問題、規制強化を背景に、品種改良が有効な手段と考えられている。病害に対する抵抗力のある品種(ハイブリッド系*1の抵抗品種)を使用すると、農薬の使用は75%削減できることがわかってきている(Spring,2015)。しかしながら、フランスにおいて、新しいハイブリッド品種の開発はまだ科学的な課題を残している。同時にハイブリッド品種を排除し、評価の高い高級品種で世界的に認められてきた国として文化的な革命にも挑戦しなければならない。

ハイブリッド技術は古くに開発されたものだが、現代において大きく活用されている。ぶどうのハイブリッドを広げる理由は2つある。まず生産されるものにバリエーションを持たせること、そして病原菌や両極端な温度への抵抗力を備えさせることである。これらを持つ遺伝子リソースは将来に向けた基礎となり、品種改良の重要な備蓄となる。
 (*1 交配種、本稿においては主にヴィニフェラ種とラブラスカ種との交配種)

フランスのぶどう畑のほぼ全てにヴィティス・ヴィニフェラが植えられている。しかしながらフランスにはハイブリッド品種研究プログラムは存在した。ドイツ、イタリア、スイス、ハンガリーでも同様である。その研究でのヴィティス・ヴィニフェラの有性交雑によるハイブリッド開発の目的は特に良好な官能品質があり、複数の「野生」種との掛け合わせでウドンコ病やベト病に対する抵抗性を持たせることである。この様な30〜50種のハイブリッド品種はこれから5年から20年のうちにEU諸国のカタログ(栽培可能品種リスト)に登録されるだろう。
 
抵抗性ハイブリッド品種はすでにぶどう栽培家の手に届くところにある。しかしながら、ためらいや議論、反論などがある。例えばこれらの新品種の後天的に備わった抵抗力の安定性、栽培家の要望を満たすことができるぶどうの早期生産の困難さ、ワインになった際の官能品質、そして消費者のこれらのワインに持つイメージに対するものだ。
 
ヨーロッパでは、アメリカ大陸からきたベト病、ウドンコ病、フィロキセラは19世紀の終わりに全てのぶどう畑をほぼ壊滅状態に追いやった。科学技術はこの困難な時代を乗り切るため、病虫害の危機に対応し、生物学的な解決方法をもたらした。フィロキセラに対しては後の世に世界中に広がることになる接木が解決手段となった。菌類の病害に関しては合成物質の使用が唯一の防除方法として義務付けられた。この解決方法が新たな菌類の病害に対する抵抗性を確実に持つハイブリッド品種をも実質的に排除する原因となった。フランスではハイブリッド品種はほとんど消滅している。栽培面積は50年間で40,000haから5,000haになった。わずかではあるが、現在も生産している品種は存在し、Baco22A(蒸留酒のアルマニャック生産に使われている)もそのうちである。ぶどう栽培を大きく救ったハイブリッド品種の研究も例えばドイツのようなフランスとは逆方向にあった国においてもほとんど放棄された。現在はハイブリッド品種が栽培されている面積に関して反対の状況にある。歴史や文化、気候的な理由から、アジア、アメリカ、東ヨーロッパはその間に重要な生産地区になった。
 
●ヨーロッパとフランスにおけるハイブリッド品種への新たな関心
 
現在、抵抗性品種についての考え方や新たな開発はぶどう栽培における農薬使用の削減やぶどう栽培危機(畑の衰弱、ぶどう樹の病害、新たな病害、地球温暖化、乾燥)に対して重要なものになっている。フランスではボルドーのジャン−ピエール・ドアザンやモンペリエのアラン・ブーケから引き継いだ40年を超える研究成果を活用した長期戦略に取組んでいる。しかしながら、この革新的な戦略も病原体が新品種の持つ抵抗力をすり抜けてしまう恐れはある。INRA(フランス国立農業研究所)はこの研究を引き継ぎ、2000年の新戦略で抵抗力の要素を組み合わせながらRESDUR品種(ハイブリッド品種名)開発に至った(Scheneider et al.,2014)。その考え方はアメリカやアジア原産の非ヴィティス・ヴィニフェラ品種にある抵抗力の遺伝子を継承しながらもヴィティス・ヴィニフェラの主たる特徴を維持するというものだった。
ヨーロッパでも抵抗性品種を新たに植え付けることはできる。ヨーロッパやフランスで現在提供されている品種は決して大きく広がってはいないが、わずかな量のワインは生産されている。並行してフランスのそれぞれの地域はその地方に根付いた品種を起点にしながらも、特徴的な典型性(Typicite)を持つ抵抗性品種の中期的開発に取り組み始めた。おおよそ30品種程度がこれから15年ほどで開発される可能性がある。
 
研究は農学、環境生理学、植物病理学、そして醸造学、感覚といった異なるアプローチに対応すべきである。需要のある実験(文化適性、抵抗力、回避力、気候適応性、テロワール等)が不可欠になる。交雑(異種交配)やハイブリッド(抵抗性品種)は同時に品質に好ましくない特徴をもたらす可能性がある。また、ワイン生産伝統国の文化に逆らうような特徴をもたらす可能性もある。そのため官能品質と地方の特徴を維持しているかを評価しなければならない。実際にワインの官能品質は常に満足がいくものではないし、求められた基準にはまだ程遠いものがある。非ヴィティス・ヴィニフェラのいくつかの特徴は継続される。例えばフォキシーフレーバーのアカシアの花、カラメル、ネギ(Guedes,1994)等の香り、特異な一部のアントシアン類(Ribereau−Gayon P.,1959,1963,1964;Zhao et al.,2010)、あるいはタンニンがあげられる。一般的にハイブリッドぶどう品種はヴィティス・ヴィニフェラとは質量共に異なるポリフェノールを持つことに特徴づけられている。ヴィティス・ヴィニフェラとヴィティス・ラブルスカの間にはポリフェノール成分のはっきりした違いが見える。同様に日本独自のヴィティス・コワニティやヴィティス・フィシフォリアといった野生品種との間にも違いがある(Koyama,…GotoーYamamoto,2017)。アントシアン類の特異性と結びつく官能的特徴がフランス、そしてヨーロッパの特にAOP(原産地保護呼称)においてハイブリッド品種をほぼ全て排除することにつながった。
 
●未来に向けての抵抗品種とは?
 
その挑戦は果てしない。病原体に対する抵抗力をつけさせることやぶどう畑での防除剤の使用量削減はヨーロッパ及びフランスで最も関心が高い事項であり続けている。新世代のハイブリッド品種はぶどう栽培の問題(気候変動、ぶどう畑の衰退、未知なる新たな病害…)への適応性や、できあがったワインの良好な官能品質も合わせて求められるだろう。地方の典型性(Typicite)はグランヴァンの存続や評判を維持することによる価値づくりを可能にするために尊重されなければならない。この開発プロセスには多くのヨーロッパ諸国、特にドイツ、イタリア、スイス、フランスが参画している。今ある以外のハイブリッド品種も数年後には実現され、その時には地方の典型性を持ったものになっているはずだ(もうすぐ1200種の遺伝子型が揃う)。いずれにせよ、AOPは新品種を受け入れる為に現行法を変更する必要がある。
 
日本のハイブリッド品種の第1世代、第2世代は野生的な遺伝子(非ヴィティス・ヴィニフェラ)によって特徴づけられており、西洋人消費者からは高い評価を得ているとは言いがたい。フランスでは和食とハイブリッド品種ワインの組み合わせはまだ理解されていない状況にある。
 
フランスやヨーロッパで行なっているハイブリッド品種や抵抗性品種の開発はフランス(ボルドー)と日本(山梨大学やそれ以外の大学や国立の研究機関)の両国の研究を発展させるチャンスとなる。日本はハイブリッド品種研究について進んでおり、多くのものをもたらしてくれる可能性がある。それが生食用品種を対象とした研究であったとしてもだ。しかしながら、フランスでは日本のぶどう栽培学はあまり知られていない。二国間の情報交換を活発にすること、また山梨大学と京都大学がすでに加盟しているエノヴィティ・インターナショナルのネットワークの新しい可能性を活用するべきだと考える。


ジル・ド・ルベル教授(写真提供:山梨大学広報)