「第10回山梨大学国際ブドウ・ワインセミナー」レポート

2019年7月19日開催
作成 サッポロビール 岡山ワイナリー 久野靖子様
 
本年もボルドー大学ワイン醸造学部のジル・ド・ルベル教授による講演会が山梨大学で行われた。本年は「ナチュラルワイン 醸造的争点 科学的挑戦」という講演名で、ナチュラルワインの現状と欠陥臭、研究者としての疑問や考え方を知ることができた。
このような機会を本年もくださったルベル先生、並びに山梨大学ワイン科学研究センター長の奥田 徹先生をはじめスタッフの皆さまにまず、感謝申し上げたい。
(久野氏は通訳としてセミナーに参加)



本レポートでは「Vin naturel」を「自然派ワイン」ではなく「ナチュラルワイン」と訳す。自然派ワインが指し示すものが人によって異なる可能性があることを考慮したもので、ご理解頂きたい。
 
講演のイントロダクションで昨今のナチュラルワインの状況について整理する説明があった。ナチュラルワインの出現から認知、広がりはとても早く、醸造学は追い付いていない。消費者は食品の品質や安全をこれまで求めてきたものの、逆の流れも求め始めている。食品の中でもワインはシンボリックな存在にさせられている。
これを受け、本講演の核となる疑問があげられた。ぶどう栽培学、ワイン醸造学はこれまでワイン産業の進歩に貢献してきたが、この流れが正当なものであれば、それは間違いだったのだろうか?そもそも一体ナチュラルワインとはどのようなものだろうか?
今回の講演はこのように疑問を上げてから、その内容を明らかにしていくような形で進められていった。
 
フランスにはナチュラルワインの協会が一つある(association des Vins Naturels)。その協会による定義が紹介された。
まず栽培についての定義として「ナチュラルワインは自然なテロワールの特徴を再発見することを目指して選択した哲学の成果物である。除草剤、殺虫剤、化学肥料あるいは化学合成されたものを使用せずに、有機農法で栽培されたぶどうを使用する。また、収穫は手摘みで行う。」という文章が掲示された。そして醸造に関する定義として「ワイン醸造の際、生産者はワインの生命力のある個性を保とうと努める。ワイン中の細菌の生命を変化させうる技術の介入は禁止する。化学合成された添加物も同様である。例外として、必要であれば、非常にわずかな量であれば、亜硫酸添加は認める。」という文章が紹介された。
ここでルベル先生があげられた疑問は1つにはテロワールの特徴を「再発見」するという表現から、今のワイン造りではテロワールの特徴は表現できていないということなのだろうか?というものであり、もう1つには細菌の生命を変化させうる技術を禁止している点である。ワイン醸造学はワインに関わる微生物の解明や管理方法の発見でワイン造りに貢献してきたので、まったく対極にある考え方と言える。
この定義の紹介により、「化学物質を使わない有機農法で栽培されたブドウで、微量のSO2を除き、化学物質を使用せず、細菌を変化させる技術を使用しないで醸造された」ものをナチュラルワインと呼ぶことが明らかになった。一方で、この定義は法律や認証団体のものではなく、細部は生産者にゆだねられているという不明確な一面も備えているということも合わせて説明があった。



ナチュラルワインはできるだけ何も使わず、何も入れない方向に向かうことで他の有機栽培(ビオ)やビオ・ディナミのワインとの差別性を出そうとしている。スライドでワインのカテゴリーとそれぞれが許可している添加物と技術が紹介された。詳細の解説はなかったが、ここで先生は使える添加物・技術の合計数の違いを感覚的に知って欲しかったようなので、数をカウントして表にまとめた。なお添加物は食品添加物だけではなく、砂糖や酸等のぶどう以外に使用するものも指す。
 
カテゴリー 添加物 技術
通常ワイン(2013年EUによる規定) 49 7
有機栽培(ビオ)(2012年EUによる規定) 35 3
ビオ・ディナミ(認証団体デメテール) 5 1
ナチュラルワイン 1(SO2) 0
 
ナチュラルワインはメディア等で取り上げられるが、それはメディアが好む自然志向のイメージに合っているからだろう。セールストークとしては「自然志向」というのは好まれて使われている。しかし、実態としてはどうだろうか?消費者はこのようなナチュラルワインを求めているのだろうか?とナチュラルワインに関する疑問が続けられていった。
急激にナチュラルワインの生産者は増えているとされているが、21世紀初頭にはまだほとんどおらず、母数が小さい状態からなので、急激に伸びているように見える。フランス国内の栽培面積として1~2%程度とされている一方で、ラベルの表示や生産数量を公的にまとめたものがないので、実際には生産者数を把握するのは難しい。消費についてはナチュラルワインを求めている人たちに対し、専門の飲食店や販売拠点で提供されている。メディアの露出と実体のバランスが異なる可能性が考えられる。
 
次に官能品質面、つまり香味の点で、ナチュラルワインの特徴はどういうものかというテーマに移る。これまでのワインとは異なり、いわゆる欠陥臭が頻発してくる。全てに発生するわけでもなく、全てが出てくるわけでもないが、頻発するということだ。例えば酸化が原因のりんごの香り、酸臭。ブレタノマイセス汚染による揮発性フェノール化合物の馬小屋臭。そのほか鼠臭、クラッカー、サラミのにおいなどがある。乳酸菌が管理されていないことによる酸敗、苦ワイン、再発酵などもある。同一ワインでのバラツキが大きいこともある。これらのことから、微生物が管理されていない状況がナチュラルワインの不安定さにつながっているという説明があった。
微生物由来の欠陥臭が出ないように一般的にはSO2を使用するが、ナチュラルワインの大きな特徴は可能な限りSO2を排除することにあるという。
SO2はそれぞれのワインカテゴリーで以下最大の含有量が規定されている。スライドで紹介があったので、表でまとめる。
 
法令・規定 赤(辛口) 白・ロゼ(辛口) 発泡 VdL/VDN 甘口 極甘口
一般的なワイン(EU2009) 150㎎/Ⅼ 200㎎/L 235㎎/L 200㎎/L 300㎎/L 400㎎/L
有機栽培(EU2012) 100㎎/L 150㎎/L 205㎎/L 170㎎/L 270㎎/L 370㎎/L
ビオ・ディナミ
(デメテール2014)
70㎎/L 90㎎/L 60㎎/L 80㎎/L 200㎎/L
ナチュラルワイン(ヴァン・ナチュレル協会推奨) 30㎎/L 40㎎/L 40㎎/L 40㎎/L 40㎎/L 40㎎/L
 
ここからは亜硫酸無添加でワインをつくるとどういったことが発生するかにテーマが移る。
ナチュラルワインが支持されている一つの理由として亜硫酸添加がほとんどなされていない点があげられる。もちろん健康衛生面からみれば、添加量は少ない方が良い。一方で醸造学的に亜硫酸はワインが微生物による変質、熟成段階での変化、官能面での香味の印象の違いに関わってくるという説明があり、詳細の紹介となった。
 
まず、微生物の問題について。
ルイ・パスツールがいくつかのワインの変質について明らかにしたが、醸造段階でSO2によって管理されているので、これまでは実際の市場でそういったワインに出会うことはほとんどなかった。しかし、ナチュラルワインが出現したことで問題が「再発」している。

(1) 乳酸菌による変質
SO2が最も効果がある。乳酸菌による変質はポリサッカリドの発生によるマラディ・ド・グレースと呼ばれる「ねばつきワイン」の発生、グリセロール低下によるマラディ・ド・アメルチュムと呼ばれる「にがいワイン」、酒石酸低下による「マラディ・ド・ラ・トゥルヌ」と呼ばれる「酸無しワイン」があげられる。これらについては一生に一度も出会わないぐらいの確率であるが、ナチュラルワインを試飲すると出会うことがあるということだった。

(2) アレルゲン物質と毒物
亜硫酸無添加により、発生するものとして、生体アミン(ヒスタミン)の発生、カルバミン酸エチルの発生リスクについてあげられた。いずれもワイン中の上限値の決まっている健康被害の恐れがある物質である。

(3)ブレタノマイセス(野生酵母)による香味品質の低下
野生酵母のブレタノマイセスの汚染、増殖によって香味は低下する。いわゆるフェノレと呼ばれる動物臭や薬品臭がこれにあたる。今回はフェノレだけではなく、さらに乳酸菌との反応で鼠臭が出てくることが示された。
 
特に鼠臭について時間を取って次のような説明があった。
糖を加えたワインにブレタノマイセスを加えると、揮発性フェノール、酢酸、カルボキシル酸、エステル、そしてアセチル-テトラヒドロピリディン(ATHP)が発生することがロマノら(Romano et al.,2007)で報告されている。このATHPはブレタノマイセスとオエノコカス・オエニ ラクトバチルスによってつくられる物質で、焦げ、トースト、バスマチ米のにおいにつながり、鼠臭の一種となる。
鼠臭は2アセチルテトラヒドロピリディン(ATHP)と2エチルテトラヒロドピリディン(ETHP)、2アセチル1ピロリン(APY)が原因とされている。これらのにおいがあるワインにはブレタノマイセス汚染によって発生する4エチルフェノールや4エチルガイアコル、4ヴィニルフェノール、4ヴィニルガイアコルが同時にあることがボルドー大の分析でわかってきている。
一方ATHPとAPYは官能検査での検知は安定しない。高pHでないと揮発しにくいため、ワインの立ち香ではわかりにくいとのこと。ボルドー大ではにおいの原因物質が特定されると閾値についての調査を開始するが、この2アセチル1ピロリンについては安定しないので、ワインのpHを上げたものとコントロールを用意して調査したとのこと。
その結果は通常ワインのpHであればテイスターの50%が検知できる量は40μg/Lであったのに対し、pHを5に調整したものは、10μg/Lと約4倍の差があった。これらの調査は2019年に行われている。
鼠臭については、発見されてから何十年かたっているが、醸造にSO2を使用するため大きな問題点として取り上げられることが少なく、これまであまり研究されていなかった。ナチュラルワインが出てきたために研究が再開された。
 
ここでいくつかのエピソードの紹介もあった。乳酸菌汚染のワインや鼠臭のあるワインは普通に生活していれば、これまで一生に1度も見かけない程度の発生率だという。しかし、今はナチュラルワインを専門に扱うワインバーなどで散見されるので、学生にはこれらがどんなものか知りたければナチュラルワインバーに行ってみてはどうかと話しているそうだ。
ナチュラルワインを支持する評論家やジャーナリストとテイスティングをすると、ルベル先生にとってはネガティブな欠陥臭を、ナチュラルワインのポジティブな香りとしてとらえていることがあり、驚かされるという。彼らにとってそれらは不快なものではない。ルベル先生はこのことを価値観が多様化と捉えているそうだ。
 
講演のクロージングに向けて先生が今後について考えていることをお話された。
できるだけぶどう以外に使用するものを減らして欲しいという消費者のニーズには応えたい。しかし、まだSO2添加をゼロにすることは難しい。ワイン造りの様々な段階、つまり収穫、醸造、瓶詰等の各段階で最低限の使用量にすることが現時点では考えられる。
また、SO2の代替手段になるようなEUで許されている添加物や技術もある。しかし、これらも添加物や最近の技術ではある。結局は何かを使うことになる。
 
ワインの良質な香味は維持され続けるだろう。しかし、ナチュラルというのは本当に良いもの、おいしいというものだろうか?という根本的な疑問がここで呈される。1961年にJ.リベロー‐ガヨンが言っているようにワインは全く自然だけでできるものではない。自然に戻るというのはパスツール前に戻ることであり、醸造の進歩、ワインの品質向上は常に科学とあった、と彼ら研究者は考えている。一方でボルドー大の経済を専門にしている研究者には消費者の求めるものでワインの香味品質は発展してきたのだから、消費者の言うことは無視できないと言っているという。ナチュラルワインについて考えることは今までの実績に対する疑問を呈することや真逆の活動となるが、消費者ニーズという観点からは取り組まなければならないのかもしれないと締めくくられた。
 
以下より私の所感を述べさせて頂く。
 
「自然派ワイン」は「自然を自分なりに尊重してつくったワインです」という比較的気分的なカテゴライズだと理解している。誤解しているように捉えられるかもしれないが、過去にリュット・レゾネ(減農薬。法規制はない)も「自然派ワイン」として流通させている輸入販売業者に出会ったことがあるからだ。今回のテーマは「自然派ワイン」ではなく、「ナチュラルワイン」であり、その中でもSO2無添加のリスクだった。自然志向にあるいくつかのワインカテゴリーのあいまいな部分をクリアにした際に出てきた醸造学的課題がナチュラルワインのSO2無添加だったということだろう。
SO2を使用しないことによる酸化や変色等のリスクについては我々もある程度経験があるし、教育されている。一方今回紹介のあったような鼠臭や乳酸菌汚染による劣化等については現物での経験がほとんどなく、官能評価訓練もされていない。ナチュラルワインの中にあったとしてもナチュラルワイン的な味、あるいは野生酵母等からくる複雑味という整理をしてしまい、原因追及を怠ってしまう可能性がある。一定の人が不快だと思うキャラクターの香味であってもナチュラルワインのコンセプトの強さはそれを封じ込める可能性がある。
「自然派ワイン」は言葉が与える印象も良いので、挑戦してみたくなるものかもしれない。しかし、自然派ワインの何を目指し、選択したやり方にあるリスクを理解し、発生した場合に認知できるよう訓練し、それをどう評価し、対応するのかをあらかじめ決めていなければ実際には参入しにくいように思う。
様々なよさそうな情報がワインづくりの周辺にはあり、新しいものも次々と出てくる。導入する前に利点とリスクについて様々な観点で考えてみることが重要だと気付かせてくれる内容でもあった。

(写真提供 山梨大学)