シャルドネ生産の技術(日本ワイン・ブドウ学会 招待講演)

2019 日本ワイン・ブドウ学会 招待講演
Chardonnay Production Techniques
シャルドネ生産の技術

By Kristen Barnhisel
クリステン・バーニーゼル氏
 

 今回の特別講演では、ASEVの現会長であり、アメリカ、カリフォルニア州にあるワイナリー、J.Lohrの白ワイン醸造家であるクリステン・バーニーゼル氏からシャルドネ生産の技術についてお話しいただいた。バーニーゼル氏はイタリアのRuffinoやアメリカのOpus Oneなどを含むいくつものワイナリーでインターンをしつつ、カリフォルニア州立デービス大学でワイン学の修士号を獲得、その後も複数のワイナリーで経験を積み、2015年よりJ.Lohrで現在の役職についた。
 J.Lohrの歴史は1974年に始まり、アメリカ、カリフォルニア州のセントラルコーストにあるパソ・ロブレスAVAに位置している。現在ではモントレー郡の約560haの圃場にてシャルドネなど冷涼な気候に向く品種を栽培し、他にもパソ・ロブレスの約1100haの圃場ではボルドーやローヌ地方の品種、ナパでも約12haの圃場でカベルネ・ソーヴィニヨンやプチベルドーなどを栽培しており、年間生産量は100万ケースを超える。
 
 発表はシャルドネの起源と、植える場所の選定に始まり、続いて多様なクローン、収穫方法、酵母、乳酸菌、樽、シュールリーなどの熟成テクニック、瓶詰前の処理法などを用いて出来上がった製品に複雑味を持たせているという事が説明された。これらについて、近年J.Lohr内で行われた試験の内容を含めて多くの具体例が紹介された。

(講演資料)
 ASEV シャルドネ生産の技術 Ⅰ
 ASEV シャルドネ生産の技術 Ⅱ

<栽培地>
シャルドネ栽培に適した土地について、バーニーゼル氏が発表に使用した有効積算気温に関する表をまとめたものを以下(表1)に示す。
 
 
 シャルドネ生育に最も適した地域はゾーン1との事である。さらに、成長期平均気温(GST)で見ると、14~17℃が最も良い(甲府、勝沼は19~20℃)。適度に冷涼な気候帯ではフルーティでしっかりした酸のあるワインになるが、涼しすぎると凝縮感を失い、軽い口当たりになってしまう。また、暑すぎるとシャルドネらしさを失ったぼんやりとしたワインになってしまうと言う。
ここで使われた、ワインブドウを成熟に適した気候によって分けた表は非常に興味深い。今回のテーマはシャルドネだが、これから新しくワイン用ブドウを植えたいと考える方々にはぜひ品種選びの役に立てていただきたいと思う。(“Grapevine Climate/Maturity Grouping”の表は同時に掲載予定の本セミナーのPPTの8ページ目に使用されている)
 
 風の強さもシャルドネに影響する。J.Lohrが持つ一部の圃場では非常に強い風(9m/sの風が毎日6~8時間)が吹くが、そこで収穫したシャルドネには粘性が強めで口当たりがリッチになることが観察されているそうである。
 
 降水量を見ると、世界の高名なシャルドネ産地はブルゴーニュやドイツなどのヨーロッパの産地を除くと大体夏は乾燥している地域になっている。シャルドネは皮が薄く、房に実がつまっているため成熟期に雨が降ると灰色カビ病や晩腐病に侵されやすい。J.Lohrのあるカリフォルニアは、夏季はおおむね乾燥している。
 
<クローンの選択>
J.Lohrでは、ワインに複雑味を出すために数種類のクローンを栽培し、ブレンドしている。例として挙げられたのが以下の3種類である。
  • Clone5(Wente clone):カリフォルニアでは最も一般的なクローンで、ベースとして使われている。完熟オレンジ、白桃、黄桃、ネクタリンなどのアロマを提供する。
  • Clone76:フランス発のクローンで、よりエレガントなスタイルのシャルドネ。完熟リンゴ、洋ナシ、マイヤーレモン、ミネラル、フローラル。
  • Clone809(Musqué clone):フランス発の、Musquéと呼ばれるアロマティックな変異種。クチナシ、完熟オレンジ、わずかなパイナップル。
(筆者はカリフォルニア在住当時、このクローンで造ったワインをテイスティングに参加したことがある。非常にアロマティックで、良い意味でシャルドネらしくない華やかなワインで印象に残っている。)
 
<収穫方法>
同じブドウでも、手摘みだと酸度が高く、フレッシュな味わいとなる。機械による収穫では酸度は低くなることがあり、より熟した味わいとなる。ただし、シーズン遅めのブドウを機械で収穫すると果汁の清澄が難しくなることがある。
 
<果汁の濁度>
J.LohrのArroyo SecoシャルドネではNTU(濁度)200-500を目標としているとの事である。酵素を用いた自然沈降が最も経済的で一般的であるが、大規模生産者にとっては時間がかかりすぎることが欠点と言える。それを補うことの出来る、遠心分離やセラミッククロスフローによる清澄化が紹介された。特にクロスフローは時間を短縮できるうえに目標とするNTUを設定できるという長所があるが、多大なコストがかかる。
 
<酸素添加について>
白ワインは酸化しやすく、酸素から常にワインを守ろうとするのが醸造家としては多数派をしめるだろうが、近年では白ワインに適量の酸素を添加する効果の研究結果が出てきている。J.Lohrでは2012年より特殊な機械を用いて、精密にコントロールされた量の酸素を白ワインの生産段階で添加する試験を行ってきた。
この結果、褐色果汁グループ(フェノール化合物が多く、酸素を添加してそれを落とすことを推奨)と緑色果汁グループ(フェノール化合物が少な目で、嫌気的な環境下で酸素から守ることを推奨)にわけて醸造を行う考え方を採用した。
 
 白ワインの褐変反応にはフェノール化合物のうち、カフタリック酸やクマル酸などのフェノール酸が関係している。フェノール酸と酸素及びポリフェノールオキシダーゼ(PPO)という酵素が反応するとキノンという化合物が生成し、褐変を起こす。キノンがさらにグルタチオンと反応するとGRP(Grape Reaction Product)とより多くのキノンが生成。さらなる褐変を起こすことになる。また、灰色カビ由来の酵素ラッカーゼもキノンを生成し、褐変を起こす。
 J.Lohrで行われた試験では、CILYOという分析機器を用いて果汁サンプルに既定量の酸素を注入し、その消費速度と量を測定した。
 酸素を利用する際、亜硫酸はPPOの働きを阻害するため、使用しない。また、PPOを確保するためにはある程度の濁度を保つ必要がある。酸素処理後には不溶性の褐色沈殿物が増加するが、アルコール発酵の終わりごろになると再度溶解する可能性があるため、酸素添加処理後には滓引きが必要となる。
 
 ヴィオニエ、ルーサンヌ、グレナシュ・ブラン、リースリングなど、タンニンが比較的多い“褐色果汁グループ”においては、この酸化反応を利用し、コントロールされた酸素添加によって酸化反応を起こし、褐変物質の除去を行う。一方、タンニンの少なめソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ(フリーラン果汁)、ピノ・ブランなどの“緑色果汁グループ”では、酸素を使わない還元的なワインの製造を行い、チオールなどの香り成分を守る。
 実際にシャルドネを用いて行われた試験では酸化処理を行った区では対象区よりも色が薄く、香りが開いており味のなじみが良かった。J.Lohrではシャルドネのプレスジュースにも酸化的醸造法を用いているが、必要な酸素の添加量はヴィンテージにより異なるので注意が必要との事である。酸素添加によってポリフェノールを除去するとワインの香りが改善され、よりフレッシュに感じられるという。
 
<酵母―発酵により複雑味を構築する>
 酵母の使い分けによっても異なる味わいを表現することができ
る。ここでは、J.Lohrで行われた酵母試験に対するバーニーゼル氏の知見が紹介された。酵母試験では毎年全く同じ果汁を異なる容器に分け、それぞれに異なる酵母を植え付けて、発酵終了後に化学分析と官能検査を行った。
 
  • CY3079:ブルゴーニュで単離された酵母で、J.Lohrシャルドネにベースとして使われている。低温ではゆっくりと発酵。酵母の自己消化を促進してバターや蜂蜜のアロマを生成する。
  • Platinum:フルーティなワインに好適。低温で良く発酵する。硫化水素が出にくいように開発された酵母。
  • 野生酵母:無料なので最も安価であるが、一次発酵が終了しないこともある。残糖の影響か、リッチで柔らかな口当たりとなった。
  • X16:発酵能力が非常に高い。多量のエステル(バラ、白桃、黄色い花など)を生成。クリーンなアロマを生成し、2015年の試験では最良の結果であった。
  • VL1:テルペン類のアロマ(フローラル、柑橘、バラなど)を強調する。
  • VL2:繊細でクリーンなワインとなる。シャルドネの口当たりを良くする。
  • CH9:ブルゴーニュで単離された。アーモンド、ヘーゼルナッツ、白桃、マイヤーレモン、ブリオシュ、等のアロマを生成し、広がる口当たり。2016年の試験では最良の酵母。
  • Costa Isolate:J.LohrのCosta Vineyardから単離された酵母。発酵後に残糖が残った。繊細でクリーンなワイン。オレンジの花、バター。口当たりと余韻に好影響。
 
<乳酸菌の菌株の比較>
 乳酸菌の菌株よってもフルーティさが全面に出たワインにするか、バターの風味が強いワインにするかを選ぶことができる。J.LohrではViniflora Oenos 2.0最も多く使用するが、より高い価格帯の銘柄にはCH-35を使う。MCWは特にバターの風味が強く出る。また、半分だけMLFを行い、残りは行わないことによってクリーミーさを出しつつ果実味を残すこともできる。
 
<滓の管理>
シュールリーはローマ時代を起源とし、ブルゴーニュの醸造家たちによって発達した技法で、シャルドネのクリーミーさを引き出すことが出来、滓の酸素除去能力によって酸化を防ぐ。
ここでは、2016年に短期間での熟成の促進を目的に行われたExtralyse®とOenolees®の試験が紹介された。
(筆者注:これらは共にLaffort社の製品であり、Extralyse®はペクチナーゼとグルカナーゼを含み、酵母の自己消化を促進してシュールリーをスピードアップする。Oenolees®は酵母の細胞壁と抽出物で、滓の代替物のようにして使われることがある。)
 対照区ではフルーティで中程度のテクスチャーだったワインが、試験区ではクレームブリュレのようなアロマが出、リッチなアタックに長くクリーミーな余韻を持つワインに仕上がった。
シュールリーを行うか行わないか、行う場合はどのくらいの頻度でどのように攪拌し、どのくらいの期間を行うか、上記のような製品を使うかどうかなど、数多くの選択肢がある。 J.Lohrのシャルドネは全て樽発酵、滓の攪拌は毎週行われ、3週間に一度補酒を行っているとの事である。
 
<樽による味わいの違い>
 J.Lohrでは27000本ものオーク樽を所持しているとの事だが、内シャルドネにはアメリカンオーク、ハンガリアンオーク、それにフレンチオークが使用されている。それぞれの樽メーカーの品質管理技術等を確認するため、毎年樽から出る成分の分析を行っている。その結果を見ると、フレンチではバニリン、グアイアコール(焦げた香り)が少な目で、アメリカン、ハンガリアンはともにバニリン、グアイアコール、フルフラール(バタースカッチの香り)が多いことがわかる。
 また、毎年分析を行うことで、利用している樽メーカーが技術的に安定しているかどうか、信頼できるメーカーがどうかがわかる。J.Lohrの過去数年間の結果では、ハンガリアンオークの樽を提供するメーカーでトーストの入れ具合に年ごとの違いが大きかった。
 
<ベントナイトによる清澄化>
 J.Lohrのような大規模な生産者では、壜詰前にタンクにワインを入れておかなくてはいけない期間の長さを出来るだけ短くすることが生産効率を考えた時に非常に重要である。
 バーンヒーゼル氏はここで、従来の最低でも2日間はかかるたんぱく質の安定試験(Heat stability trial)を、6時間強あれば結果がわかるAWRI(オーストラリアワイン研究所)の提唱する方法を採用することを勧めている。ただし、J.Lohrの加熱後のNTUの基準はAWRIより高い1.8であるとの事である。
(筆者注:AWRIのベントナイト試験の詳細を知りたい方はこちらを参照されたし。
Conducting a Bentonite Trial by AWRI
https://www.awri.com.au/industry_support/winemaking_resources/laboratory_methods/chemical/conducting-a-bentonite-fining-trial/
 
 また、バーニーゼル氏はベントナイトを用いて清澄する際のワインとの接触時間とたんぱく質の安定を調べているが、4時間と1日ではほぼ差がない。つまり、ベントナイトを入れてから4時間で次の過程に進むことで、そのワインがタンクを占有する時間を減らすことができる。
(筆者注:多くのベントナイトを入れて、1週間~10日の沈殿と滓引きを待たずに濾過等に進むにはクロスフローなどの高額な機械が必要であり、大きな生産者特有の考え方であると思われる)
 
<その他の壜詰前作業>
 これまでも様々選択肢があったが、この段階まできてもさらにどう酒石酸の安定を行うか(低温処理か、CMCを利用するか、など)、清澄剤を利用して味や色の調整を行うかどうか、滅菌濾過をするのか、クロージャーはどうするかなど、シャルドネ生産において決断することは無数にある。
 
<終わりに>
 発表の最後のまとめの前に、バーンヒーゼル氏は世界でシャルドネが生産されている面積を国ごとに表した円グラフを紹介した。1位のフランスに続き、2位はJ.Lohrのあるアメリカ、その後にオーストラリア、イタリアと続くが、日本はグラフの10%の“その他”に含まれており、その名前は書かれていない。「日本でももっとシャルドネを生産して、ここに名前を載せてみてはどうでしょう?」という提案で、この発表は締めくくられた。
 
<紹介されたワイン>
Riverstone Chardonnay 2018:9種類のクローンのシャルドネをブレンド。100%樽発酵、シュールリーで毎週滓を攪拌しながらの7~9か月樽熟成。約70%マロラクティック発酵。アメリカンとハンガリアンオークが用いられ、うち25%が新樽。約72%ML。フレッシュでフルーティな味わい。
ワイン詳細:https://s3-us-west-1.amazonaws.com/kraftwerk-jlohr/general_files/18-Est-CH-long.pdf?mtime=20191024195813
 
Arroyo Vista – Arroyo Seco- Chardonnay 2017:100%樽発酵、シュールリーで毎週滓を攪拌しながらの14か月樽熟成。100%マロラクティック発酵。フレンチオーク使用で、内40%が新樽。クリーミーで樽感の強い味わい。
ワイン詳細:https://s3-us-west-1.amazonaws.com/kraftwerk-jlohr/general_files/2017-AV-Chard-long.pdf?mtime=20190313192408
 
 
<筆者の感想>
日本で数多くを占める小規模のワイナリーでは真似することの難しい内容も多くみられたが、アメリカの大規模生産者がどのように“カリフォルニアシャルドネ”を作り上げているかの一端を垣間見ることが出来て非常に興味深い講演であった。
 
 
<質疑応答>
Q.酸素添加について、酸素はどうやって規定量を注入する?
A. 特殊な機械を用いて精密に調整した酸素を注入している。
 
Q. ベントナイトの添加のタイミングは?
A. 添加量が多いことが予想される場合には、その半分の量を搾汁後に添加し、清澄後に滓引きしてから発酵を始める。残りは壜詰前の清澄時に添加する。
 
Q. 地球温暖化に伴い、Brixが高く、pHが高いブドウになりやすく、アルコールが高くなりやすいことに対して何か対策をしているか?
A. J.Lohrでは常に中程度の糖度、熟度で収穫を行うように心がけている。
 
レポート作成
坂城葡萄酒醸造 醸造責任者
Howardかおり様
2019/12/9