銘醸産地での課題と対応策 ケークブレッド・セラーズ(カリフォルニア ナパ・ヴァレー)訪問記録
産地を知る2020年01月10日
銘醸産地での課題と対応策
ケークブレッド・セラーズ -カリフォルニア ナパ・ヴァレー
Cakebread Cellars訪問記録
ケークブレッド・セラーズ -カリフォルニア ナパ・ヴァレー
Cakebread Cellars訪問記録
訪問日:2019年11月25日
訪問者:高橋善祐
所属:サントリーワインインターナショナル株式会社 生産研究本部
対応者:Bruce Cakebread, Cakebread Cellars Co-Owner
訪問者:高橋善祐
所属:サントリーワインインターナショナル株式会社 生産研究本部
対応者:Bruce Cakebread, Cakebread Cellars Co-Owner
(はじめに)
訪問に当たり日本ワイナリー協会を通じNapa Valley Wine Vintners会長でもあるBruce Cakebread氏を紹介いただいた。また訪問中は予定時間を過ぎてしまう程しつこく質問する私に、Bruceには真摯にかつ丁寧に対応いただいた。まずは、協会と氏には心から感謝を申し上げたい。
日本でワイン用ぶどう畑の栽培を行う私にとって、欧州を中心としたいわゆるオールドワールドと対をなすニューワールドの筆頭格として挙げられるアメリカは、産地としての魅力はもちろんのこと、栽培におけるヒントを得る上でも重要な産地である。中でも名実共に著名な銘醸地でもあるナパ・ヴァレーは、一体どんな土地で、抱える課題があるのか。現地を訪れあまりにも広大に広がる葡萄畑を見渡すと、今回の訪問記録ではそのほんの一部を垣間見るに過ぎないと感じるが、そこで得られた知見を整理し備忘録としたい。
(Cakebread Cellars概要)
1973年創業栽培面積:580 acres(約235ha), うち約70%が自社圃場で約30%が契約生産者
栽培ぶどう品種:54%が黒系(カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、マルベック、ピノ・ノワール、グルナッシュ他)、46%が白系(ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、セミヨン他)
栽培地:Napa Valley, Anderson Valley, North Coast
年間ワイン生産量:170,000c/s
(栽培)
・潅水
ワイナリーが位置するRutherfordは年間降水量36 inches(約914mm)で大部分が雨期である11-4月に集中する。乾燥した気象の中でぶどうは水捌けの良い礫が混じる土壌で育つため、当地では灌水は重要である。
潅水は品種や水分ストレスの状態によって基準は異なるが、同ワイナリーでは基本としてシーズン中2回、ヴェレゾン前とヴェレゾン後に行う。潅水量とタイミングの判断は3つ:土壌の体積含水率、葉の水分ポテンシャル、樹液流動である。潅水に当たっては圃場内数か所に測定器を設置し、品種毎の生育時期別目標値と比較して現状がどうかを確認しながら実施する。
・仕立と均一な果実の成熟に向けた取り組み
同ワイナリー正面の自社圃場ではソーヴィニヨン・ブランを栽培している。仕立てはGeneva Double Curtain(GDC)で、樹間×畝間は5 feet(約1.5m)×10 feet(約3.0m)。近くで見ると結果枝は細かく誘引されているというよりは、むしろ冬期剪定時に残された芽がそのまま不定芽も含め四方八方に伸びている印象であった。
写真1(左) ソーヴィニヨン・ブラン GDC仕立て外観
写真2(右) ソーヴィニヨン・ブラン GDC仕立て内側の様子 2芽短梢にしている
湿潤な環境下で同じことをすれば病害発生の温床となってしまうだろうが、シーズン中の降雨が少なくカビ系の病気発生条件が少なく、むしろ強い日差しによる果実の日焼けを予防する意図がある。
またメルロの区画では冬期剪定時の興味深い試みについて話してくれた。160ha以上の自社圃場を抱える同社では剪定を全て手作業で行い、1樹ずつ樹勢を見ながら芽数を整える長梢剪定を採用するのは難しい。そのためメルロを含む黒系品種ではダブルコルドン(2芽/短梢)を採用している。
写真3. メルロ ダブルコルドン仕立て
一方でBruceによるとこの1短梢から2芽を出すコルドン仕立てだと、頂芽優勢の性質により短梢の2つの芽の間で樹勢の違いが生じ収穫時に果実の成熟に関してムラができるとのこと。ボルドー品種であるカベルネやメルロにおいては未成熟果で閾値が低いピラジン系の香り(青臭さ)が生まれることを考慮しても、区画内の成熟のムラの問題はワイン品質面でも取り組むべき課題と考えられる。そこで同社が現在取り組んでいるのは、短梢の芽数を2つから1つに減らすことである。単純だがこれによりぶどうの頂芽優勢の性質を発生することなく、ぶどう樹内や区画内で果実の成熟が均一になるよう促しているという。ちなみにこの1短梢当たりの芽数変更に伴い、1樹当たりの短梢の数を倍にすることで全体の芽数を変えないように調整している。
・温暖化に対するアプローチと課題
気候変動により異常気象が日常的になっている現在、銘醸地ではぶどう栽培においてどんな取り組みを行なっているのか質問したところ2つの取り組みを挙げてくれた。
1点目は植栽列の方向を変えることである。
写真4 温暖化を踏まえた植列向きの変更
写真4では道路を挟んで2つの区画がある。青枠はワイナリー設立時に植えた古いもの、オレンジ枠はここ2年前に植えた新しいものである。品種はどちらもソーヴィニヨン・ブラン。比べると青枠の列は中央の道路に垂直な向きで畝が設定されている一方(写真4青枠内緑線)、オレンジ枠の列はそれに比べやや東側に傾いている(写真4オレンジ枠内緑線)。青枠の古い区画では温暖化に伴い果実の日焼けが頻繁に発生しており問題となっていた。そこで新たにオレンジ枠に畑を拡大するのに伴い、元来北東から南西に向いていた畝の方向をより東側に向けることで日中畝間に日影ができるようにし、果実の日焼けの発生を減らすようにしている。
2点目は品種のトライアルである。Cakebread Cellarsでは温暖化が叫ばれる以前から、グルナッシュ等のローヌ品種を含む国際品種以外のぶどう品種を一部区画で実験的に試験栽培していた。それらは10年以上栽培を続け製品化も少量ながら行ったこともあったが、現在試験栽培品種を広げてはいない。意外にもその理由は果実品質や栽培適性ではなく、高騰する地代であった。元来ナパバレーはカリフォルニア州内のぶどう産地の中でも地代が高く、結果として1本当たりのワインの値段もアメリカ国内の他産地のワインに比べ高い傾向にある。高い地代を賄うためには高く売れる定評のある品種選択は欠かせず、特にカベルネ・ソーヴィニヨンはこの地においてはその代表と言え、「ナパ・ヴァレーのカベルネ」というラベル上の表記が、そのワインの単価設定に与える影響は非常に大きい。(余談だが、とあるスーパーで筆者がナパのカベルネをお土産に買おうとしたところ、50種類以上ある選択肢のなかでナパ・ヴァレー産のカベルネ・ソーヴィニヨンの価格は全て$30より上であった。隣のソノマ・ヴァレー産では$5からあったが)
地代の高騰が起きている現代では、その点でぶどうを栽培する農家とそれからワインを造るワイナリーにとって、ナパ・ヴァレーの顔となっているカベルネ・ソーヴィニヨンを中心とした国際品種ではなく、物珍しい品種の栽培を推進拡大していくのは経営上大きなリスクとなっている。
気象変動が起きている現在、より栽培適性が高い品種を選定することは重要である。しかしその際に重きを置くべきは、消費者にその魅力を伝えることで購買需要を高め、産地×品種のブランドを確立することで、生産者がその品種を意欲的に拡大する仕組みをつくることだと感じた。
(環境への取り組み)
・Napa Green Certified Land and Winery
ナパ・ヴァレー地域では環境への取り組みとして、同域内のぶどう園とワイナリーを対象とした持続可能性認証プログラムである「Napa Green Certified Land and Winery」を推進している。この認証は主として3つのカテゴリーを設けており、すなわち河川流域の保護と修復、エネルギーと水資源の節約、そして廃棄物とカーボンフットプリント※の削減である。独立した第三者機関によって管理されるこのプログラムは、現在同域内55%のワイン用ブドウ園が認証を受け、250以上のワイナリーが参画、50億ドル以上のエネルギーコストの削減に寄与しているとされる。
Cakebread Cellarsでは上記の認証を受けているのに加え、エネルギー発電機として小型マイクロタービンを導入し産業活動で用いる電気の一部を賄う取り組みも行っている。
※製品のライフサイクルを通じた二酸化炭素排出量のこと
写真5. Napa Green Certified Land and Winery認証マーク
(おわりに)
この地を訪れる前、ナパ・ヴァレーのぶどう園に私が抱いていたイメージは雄大な自然の中でぶどうを栽培する上で理想的な環境があるというものだった。その印象は一面的には正しいかもしれないが、あまりにも浅はかであったことが今回の訪問で痛感できた。いわゆるニューワールドと呼ばれる地域の一部であるカリフォルニアでは、ぶどうを栽培し会社として経営していく上での障壁は多岐にわたる:乾燥した気候による山火事の発生、限られた水資源の中でのぶどうへの潅水の実施、日焼けによる果実の劣化、地域ブランドの名声が高まると共に高騰する地代。その中でもCakebread Cellarsではそれらの課題に真摯に立ち向かい、同じ地域に属する生産者や他のワイナリーと連携しながら経営的/環境的に持続可能な企業活動を行っている。
日本という土地でぶどう園の圃場管理を行う上でも、ナパ・ヴァレーとは異なる栽培/経営上の課題があることは確かだ。しかし重要なのはそれらの課題を一個人/組織として、そして一地域として抱えるものをそれぞれ整理し、共通して取り組むべきものは視野を大きく持って共に取り組んでいくことであると考える。世代と時代が移り変わる中でも持続可能な発展が遂げられるよう、今後の自身の仕事や活動に生かしていきたい。
(参考)
・Napa Green公式サイト
https://napagreen.org/
(筆者略歴)
ニュージーランド リンカーン大学 ブドウ栽培学・醸造学 学士課程修了。2016年サントリーワインインターナショナル株式会社に入社。現在は自社圃場でのブドウ栽培、契約生産者からの原料ブドウ調達業務を担当。
以 上