「醸造家の本音トーク コロナの年を振り返り未来へ」レポート

令和2年12月19日 日本ワイナリー協会主催 オンライントークレポート
「醸造家の本音トーク コロナの年を振り返り未来へ」
 

本坊酒造株式会社 マルス山梨ワイナリー
   製造係長 茂手木 大輔
 
【パネラー】
     
  赤尾 誠二(都農ワイン 工場長)   安蔵 正子(丸藤葡萄酒工業醸造家)    酒井 一平(酒井ワイナリー代表)
 
 
 佐々木 佳津子(農楽蔵共同代表)    野田 森(井筒ワイン醸造責任者)
 
【進行役】
  
小林 弘憲(シャトーメルシャン椀子ワイナリー長)
 
Q1.今年の作柄は?
  小林:上田市では7月の長雨により、メルローに被害が大きく、10 t ほど収量が減ってしまった。
  佐々木: 例年通り、少し少ないくらいの収量だった。
       余市の方では、1.5~2倍の収量だったと聞いた。
       年々降水量(蝦夷梅雨の影響)が増えていっており、少しリスクを感じている。
  酒井:春先は乾燥気味だったため、梅雨もあったが、病気は少なかった。収量、品質は例年並みだった。
  野田:塩尻でも7月は長雨だったが、8月の天候で取り戻せた。
     夜温は高かったが、秋雨前線の停滞が無かったため持ちこたえた。
  安蔵:7月の長雨が甲州の開花とぶつかってしまい病気が発生したため、収量が大幅に減った。
     プティ・ヴェルドは例年並みの収量だったが、少し糖度が低かった。
  赤尾:冬が暖かったため、シャルドネの芽吹きが3月末、開花までは涼しかった。
     6月、7月の降水量は1200 mm あったが、8月に入ると全く降らなくなった。
     例年より品質の良いものが収穫出来た。
 
Q2.コロナの影響は?どのように対処したか?
  赤尾:第1波の時はワイナリーを閉鎖して、再開するための準備を進めていた。
     第2波の時には7月中旬~8月15日過ぎまで行政指導により閉鎖していた。
     その時期に、「ショップ内の見直し」「バックインボックスの生産」
     「インターネット通販への対応(行政が送料を支援)」を行っていた。
  安蔵:GWの時期はショップを閉めていたが、現在は感染症対策をしっかり取った上で開けている。
     試飲についてもプラカップにて対応している。
     今年からSNSを始めて、新しい顧客の確保につながった。
  酒井:厳しい状況ではあるが、リピーターはしっかり支えてくれている。
     苗木のサポーター制度を募集した時もけっこう申し込みがあった。
     コロナ禍においてファンの方々と繋がりが強くなった印象がある。
     現在、ショップでの販売は行っているが試飲は行っていない。
     また、収穫サポート等のイベントは対策を取った上で行った。
  佐々木:酒販店、飲食店との繋がりが強くなったと感じている。
      収穫サポートについては、人数制限等の対策を取りながら行った。
  野田:緊急事態宣言中はショップを閉めており、普段できない事を行っていた
             (内装や配置を変えていた)。
     現在、ショップは開けているが、試飲やワイナリー見学は再開していない。
     出荷については、アメリカ系品種を使った新酒が非常に伸びた。
     家飲み需要が上がった事が要因だと考えられる。
  小林:人数制限等の対策を行いながら、収穫サポーターには来てもらった(食事は提供しなかった)。
     オンラインイベントとしてインスタライブを頻繁に行った。
 
Q3.温暖化の影響について
  赤尾:都農はイメージと異なり、あまり暑くならない(35℃を越える事がほぼ無い)。
     温暖化によって台風の時期や勢力が変わってきていると感じる。
     台風への対策として九州では雨除けビニールが広く普及しており、
     減農薬に繋がっている(大きなコスト削減)。
               新しい品種としては、テンプラニーリョ、シラー、ビジュノワール、甲州、
     ソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョ、ピノ・グリ等を棚栽培で始めている。
     また、カベルネ・ソーヴィニョンはピノ・ノワールへの改植を行った(収穫時期等の問題)。
  安蔵:温暖な地域で栽培されている品種を増やしている
             (プティ・ヴェルド、タナ、プティ・マンサン等)。
     タナはカベルネ・ソーヴィニョンに替わる骨格がある品種であると感じる。
     プティ・マンサンは無補糖、無補酸で飲みごたえがある。マルスランも検討を行っている。
  酒井:味わいとしてはジャミーな印象を感じるようになってきている。晩腐病が増えており、
     雨除けビニール(被覆栽培)が浸透している。
     しかし、温暖化の影響としてメルローは厳しいかもしれない。
     新しい品種としては、タナやシラー、ピノタージュを検討しており、
     メルローをカベルネ・フラン(晩腐病への耐性を感じる)に植え替えていこうと考えている。
  佐々木:新しい品種として、ソーヴィニヨン・グリを増やしている。
      既存の品種については、ツバイゲルトレーベはジャミー感が出てきており、
      ピノ・ノワールは段々複雑になってきている。
  野田:開花が早くなってきている影響から熟期も早くなってきている印象がある。
     新しい品種としては、サンジョヴェーゼやテンプラニーリョ、シラー、
               ヴィオニエを検討している。
     赤品種でも晩腐病が蔓延するようになってきている(傘かけが必須になってきている)。
 
Q4.新しい取り組みや興味を持っていること
  赤尾:窒素ガス置換できるプレス機(ユーロプレス)を導入した事により、果汁の質が向上した。
     少量生産の品種にも対応するためにバスケットプレス(500 kgスケール)も併用している。
     栽培については化学肥料等を減らしていく方向に舵を切っている。
     畑ごとの違いを表現したワインもリリースしており、
     畑のイメージをエチケットに反映させるといった商品作りも行っている。
       
           都農ワイン プレス機
 
  安蔵:甲州については醸し発酵を行っている。
     コンクリートタンクにて赤よりも低温(22~23℃くらい)でソフトな抽出を心掛けており、
     野生酵母(酒母は作らない)を使用している。
     シャルドネについても何をやっても上手くいかない印象があり、
     野生酵母(ピエ・ド・キューブ)を取り入れている。
      
       コンクリートタンクで甲州の醸し発酵中
 
  酒井:生態系を豊かにする事を考えて、動物との繋がりを意識している。
     例えば、羊10頭を放し飼いしており、循環型農業を実践している。
     今年からミツバチを育てており、畑の中だけでなく周辺の植生も考えるようになった。
       
               名子山畑
 
  佐々木:ヤマソーヴィニヨンを干して仕込む醸造法を取り入れ、
      コンクリートタンク(国産)の導入を行っている。
      手作業での除梗も積極的に行っている(スタッフ5名でメルロー1000kgを2日間かかる)。
      
          国産コンクリートタンク 
 
  野田:発酵管理を行なう機器として、DMA35(アントンパール社製)を導入した。
     ランニングコストも少なく、日々の比重測定等が効率的に行えるようになった。
                  
                           DMA35
 
  小林:グラヴィティーフローを取り入れており、クレーンを用いてポンプを極力使用しない。
     ダブルソーティングシステム(ペレンク→選果台)を導入しており、
               質の高い果実のみを選別している。
                   

Q5.補糖・補酸への考えは?
  佐々木:基本的に無補糖・無補酸。一部、低アルコールのワインも造っている。
  野田:品種により補糖を行うが、補酸は行わない(原産地呼称制度に対応するため)。
  赤尾:品種により補糖・補酸を行う。低アルコールについては、キャンベルでリリースしている。
  酒井:品種により補糖を行うが、補酸は行わない。
 
Q6.今、何が売れているか?何が流行っているか?
  佐々木:前述したが、仕込み方法を工夫する事で気になる部分が改善されている。
      ヤマソーヴィニヨンを干す事によって酸が和らぐ実感がある。
  酒井:デラウェア、甲州については醸し発酵を取り入れている。
  野田:流行のオレンジワインについては様子を見ている状況。
  赤尾:キャンベルのペティアン(にごり微発砲)をリリースしているが、市場の受けが良い。
     ビジュノワールを使った飲みやすい赤ワインにも取り組んでいきたい。
  安蔵:山梨のシャルドネの活路を見出すため、野生酵母(ピエ・ド・キューブ)を使っている。
     6年前から取り入れているが、シャルドネに対する評価が上がってきている。
 
Q7.収穫のタイミングをどのように決めているか?
  小林:白品種については酸度を基準にしている。
  赤尾:シャルドネについては、満開から90~100日を目安にしているが、天気図を見ながら、
     台風や雨の状況を考慮に入れながら判断する。
     基本的には完熟(種はカリカリ)まで糖度を上げてから収穫する。
  安蔵:白品種は酸度を重視している。赤品種は晩腐病との兼ね合いになってくる。
  野田:白品種は酸度を基準にしている(糖度は結果論だろう)。
               赤品種は種の苦みが抜けたタイミング。
  酒井:白品種も赤品種も種の成熟度を基準にしている。
  佐々木:食味(味が乗っているタイミング)や種の成熟度を基準にしている。
 
Q8.各地域のワイナリー同士の交流は?
  佐々木:北海道のワイナリーによるコミュニティーを作っており、定期的に交流を図っている。
      仕込み時期には他のワイナリーとの情報交換も行っている。
  酒井:造り手の交流については「山形県若手葡萄酒産地研究会」を運営しており、
               勉強会や懇親会を行っている。
  野田:塩尻のワイナリーではレクレーション(ソフトボール)や飲み会を行って、交流している。
     ワインバレー間での交流はあるが、長野県全体としては少ない。
      長野県では新しいワイナリーが増えているが、そういった所との交流はあまり無い。
  赤尾:宮崎のワイナリー6社による「宮崎ワインを愛する会」は年2~3回活動を行っている。
     「九州ワイワリーの会」(九州のワイナリー18社加盟)としても
               博多で年2回イベントを行っている。
     また、昨年には「西日本ワイナリー協会」(66社加盟)が発足されて、
     年1回の総会・意見交換を行っている。
  安蔵:セミナー、懇親会が定期的に行われており、ワイナリー間での交流も行われている。
     また、若手の造り手向けに「若手部会(若手醸造家・農家研究会)」が
               セミナーや懇親会を企画しており、積極的に交流の場を作っている。
 
Q9.棚と垣根について?
  安蔵:棚(一文字短梢)の方がプティ・ヴェルドについては色付きが良い。
     垣根では病気が出やすい印象がある。タナについても棚の方が良い。
  野田:契約農家には棚でお願いしている(棚は作業時間が非常に少なくて済む)。
     しっかり手を入れれば、棚も垣根も品質は変わらないと思う。
  酒井:棚のカベルネ・ソーヴィニヨンについては糖度が24度を超えてくる。
     積雪のため棚は剪定を早く終わらせないとならないので、
               作業上は垣根の方がスケジュールを組みやすい。
  赤尾:一文字短梢によるシャルドネは良い品質のものが収穫出来ている。
     棚の方が作業効率が良く雨除けビニールとも果実が近いため普及している。
  佐々木:積雪による被害を考えると、垣根の方が適している。
 
Q10.好きな樽メーカーは?濾過やオリ下げは?
  赤尾:ここ20年間については全てSeguin Moreauを使用している。
     新樽比率は50%ほどであり、ヌベールのミディアムプラストーストを好んで使っている。
     シャルドネの濾過については浅く行っている。
  野田:赤品種はFrancois Freresのミディアムトーストやタイトグレーンのものを好んでいる。
     新樽比率は20%ほどである。白品種はErmitageを使い、
     ヴィンテージによって焼き具合をコントロールしている。
     白品種は濾過を行っているが、
               赤品種はコラージュを行って上澄みを瓶詰めしている(無濾過)。
  安蔵:白品種についてはBerthomieu、赤品種についてはVicardを使っている。
     新樽比率は30~50%ほどである。
     白品種は全て濾過を行っているが、赤品種は3000円以上のものは無濾過で瓶詰めしている。
     コラージュは生卵半分ほど。
  酒井:色々なメーカーを使用しており、新樽比率は低い。基本的に無濾過で瓶詰めしている。
  佐々木:白品種については、DamyやBertrangeに入れている。
      赤品種については、MarsannayやRemondに入れており、最近Minierも気になっている。
      新樽比率は20%ほどである。
                  無濾過で瓶詰めを行っている(味わいが変わってしまわないように)。
 
Q11.野生酵母について
  佐々木:全て野生酵母での発酵を行っている。
      ブドウの選別(衛生面)や果汁のpH、
                  外気温等の様々な要素により発酵の状況は変わってくる。
      理想的な発酵曲線を描くために温度等を細かく調整している。
  安蔵:白品種についてはピエ・ド・キューブの方が安全だと思う。
     赤品種については発酵初期に少し揮発酸が高くても問題無い場合が多い。
               スタックが起こった事は無い。
  赤尾:自然発酵については少しずつ検討している。
     活性が低い酵母の使用やコールドソークといった発酵をゆっくり進める工夫を行っている。
  野田:全く行っていない。
  酒井:徹底した選果や厳しい衛生管理が必要である。
     発酵初期に複雑さを付与させながら、健全な発酵を行っていくのが理想的。
 
【他地域の作柄】
奥出雲 阿部
 中国地方も他の地域と同様の状況だった。冬は暖かったので萌芽は早かったが、梅雨が長く成長が停滞してしまった。8月の酷暑によって、酸の抜けが早くて糖が上がらないため少し糖度が低い状態での収穫となった。収量・品質ともに期待通りとはならなかった。
 
【新しい品種について】
ココファーム 池上
 タナはフルボディで面白いワインになっている。また、新しい試みとしてタナロゼも造り始めている。
セイズファーム 田向
 アルバリーニョは2012年から栽培を開始している。富山県氷見市は4~10月までの降水量が1200 mm であるが、病気に強く晩腐病の被害がほとんど無い。果皮が厚く、房が小さいのが特徴。房の重量としては、シャルドネが250~300 g に対して、アルバリーニョは100~150 g でバラ房になる。セイズファームでは、3,000本 / 10a で植栽しているが、収量としては500 kg / 10a と少ない。9月下旬~10月上旬での収穫で糖度は21~23度まで上がる。
 
【所感】
 令和2年は非常に閉塞感を感じる年でした。感染症の拡大、自粛ムード、景気の後退といったネガティブな空気が取り巻いており、ワイナリーへ出勤していてもどこか不安や孤独を感じるような部分がありました。今回、日本ワインに情熱を注いでいる同業者の方々の言葉を聞くことが出来て、少し連帯感のようなものを感じました。それに加えて、テロワールや技術的な話も濃い内容であり、得られるものは大きかったです。  各地での葡萄栽培への考え方や手法はそれぞれ異なっており、その土地の気候や文化によって全く違う方向に適用している状況が非常に勉強になりました。今回のオンライントークでは自分の土地やワインについて主張する事に固執しておらず、パネラー自ら勉強する姿勢が感じられ、トーク中は参加者とパネラーとの間に一体感が感じられました。  コロナ禍という事で今回のような形で行われたようですが、とても濃密な3時間でした。5名のパネラーの皆さん、進行役の小林さん、ありがとうございました。