醸造家のボルドー留学記 Vol.5

醸造家のボルドー留学記 vol.5
フランス ボルドー大学ISVV 留学記
 
留学期間:2017年夏~2020年8月
多田 淳様
所属:サッポロビール株式会社 グランポレール勝沼ワイナリー
 
 皆さんこんにちは、サッポロビール グランポレール勝沼ワイナリーの多田です。5回目で最後となる今回はDomaines Denis Dubourdieu (ドメーヌ・ドゥニ・ドュブルデュー)での醸造研修(2019年)についてご紹介します。
 
 前回ご紹介した通り、故Denis Dubourdieu氏はSauvignon Blanc種を主体としたボルドー白ワインの第一人者であり、その技術やノウハウは本ドメーヌ所有のシャトーで駆使されています。研修先として本ドメーヌを選んだ主な理由はこれらの技術を現場での経験を通じて学べる事と、白以外にも赤及び貴腐ワインと幅広い醸造経験ができる事でした。白から始まり貴腐ぶどうまでの収穫/仕込期間は長く、第一線で働く研修生はタフである事が求められました。
 
 研修先のワインづくりは非常にシンプルな印象でしたが、各工程においてのポイントはしっかり押さえられていました。
 例えばSauvignon Blancを用いた白ワインの醸造では、果汁及びワインの酸化防止がポイントのひとつです。これはチオール系化合物が主成分とされるSauvignon Blancワインの特異香(柑橘系の香り)の消失を防ぐことに繋がります。
 ポンプを使って液を移動する際は可能な限り空気を吸い込まないようにと、研修中何度となく指導された事を良く覚えています。
 また、これに加えて早朝の収穫、気温が上がる昼までにはプレスを終了させる等、低温での仕込も徹底して行われていました。ボルドーでの白ワイン醸造はアルコール発酵を開始させるまでがひとつめの大きな山とされていて、「瞬発力」が必要とされるイメージでした。
 
夜明け前に機械収穫されたSauvignon Blanc
 
 一方、赤ワイン(Merlot、Cabernet Sauvignon他)の醸造はとにかく「持久力」が必要なイメージでした。
 アルコール発酵中のタンニンやアントシアン等の抽出方法として、ボルドーではルモンタージュ(タンク下からポンプで液体を吸い上げて上に浮いている果帽にかける方法)が主流になっています。
 研修生の日々の仕事は各タンクの比重、温度、香味の確認から始まり、それらを基にルモンタージュのプログラムを醸造責任者(Maître de Chai)と考えます。
 具体的にはエアレーション(タンク下で液を勢いよく桶に排出し酸素を供給)の有り無しの判断や、ルモンタージュする液量の決定です。あとはどのタンクから行うかの順番や、ホース及びポンプをどう接続していくかシミュレーションした後に黙々とルモンタージュを行っていきます。期間中は日々この作業をひたすら繰り返します。
 
 ルモンタージュの様子(タンク上部マンホールに自動散布装置を付けたもの)
 
 また本ドメーヌに限った話ではないですが、有名な生産者はワイン資材メーカーとの繋がりもあり、新規技術開発に向けた共同試験等を見るチャンスがあります。これも格付けシャトー等、規模の大きい会社で研修するメリットのひとつかと思われます。研修先でも新規酵母の使用や新たな醸し方法等、様々な試みが行われていました。
 

ワイン資材メーカーとの共同小スケール試験の様子
 
 大学での授業やこのようなシャトーでの技術課題への取り組みを目の当たりにし、伝統を重んじるボルドーのワイン産業においても様々な環境変化に対応すべくぶどう栽培及びワイン醸造技術を柔軟に進歩させてきたという事を学べたのは良かったと感じています。
 ただしこれらの技術は、決して好き勝手にぶどうやワインをつくるという考えではなく、「その土地が持つワインの特性」を実現するという考えのもと構築されてきたという事を忘れてはいけないと思っています。長年かけて「自分たちのワインはどのような特性を持つのか」という事をしっかり調査及び議論を重ね、定義してきたからこそこのような活動に繋げてこられたのではないでしょうか。
 私もこのような広い視点を忘れずに、今後の日本ワインづくりに携わっていければと感じています。